松阪キク
松阪菊には大輪型と中輪型の2系統があり、下記の通りその由来を異にしています。大輪菊はかつて松阪糸菊とも呼ばれていたもので松阪発祥の品種です。また中輪菊は一般に伊勢菊とも言われ、嵯峨菊・肥後菊・江戸菊と並んで「古典菊」と呼ばれています。松阪菊は、1952年(昭和27年)に三重県の天然記念物に指定されました。大輪型は長く伸びた細管弁が渦巻き状になって咲き、中輪型は花弁が縮れて垂れ下がるのが特徴です。
大輪型松阪菊の由来
松阪撫子が作出された時代とほぼ同じ頃(1830年代)に、松阪に住んでいた菊愛好家の木下藤八によって交雑実生から幾多の松阪糸菊(大輪型)が作り出され、明治中期には広く栽培され全盛期を迎えていました。その後これら大輪型松阪菊は、繊細で病弱な性質から品種の消滅が相次ぎ、現在では古花品種として「美香」と「糸錦」の2品種のみが保存栽培されています。1985年(昭和60年)に三珍花保存会の辻せつさんの努力により、美香と糸錦の交配実生から松阪大輪菊の特徴を備えた「松阪紅宴」「松阪茜」「松阪糸紫」の3種の新花が作出され、現在三珍花保存会において栽培されています。
大輪型松阪菊 糸錦(上)と美香(下)
大輪型松阪菊の特徴
(1)花弁は針管あるいは細管弁で、長さが15cm内外になる。
(2)弁先は玉巻きではなく延切弁で、花は露芯型である。
(3)咲き始めの蕾は独特の渦巻き状で、花弁が徐々にほぐれながら開花する。
(4)葉は長葉で深切れのものが多く、茎も概して細い。
(5)優雅で繊細であるが、草勢は弱い。
中輪型松阪菊の由来
1412年(応永19年)、伊勢の国司・北畠光雅が京の嵯峨から中輪菊を持ち帰り育生選抜の結果、松阪菊が作り出されたいう説と、京の都から差し遣わされた伊勢神宮の斎女たちが京から取り寄せて栽培・改良したという説もありますが、いずれにせよ京都から導入された嵯峨菊が原種であることを物語っています。その後1845年頃、松阪に住んでいた木下藤八により交雑実生から多くの中輪型松阪菊が作出されました。このように伊勢系とも呼ばれる古典菊は、嵯峨菊をもとにして伊勢・松阪の気候風土に順応した独自の花の形態をもつ品種が、江戸時代後期に松阪を初めとする伊勢地域で育成されました。

中輪型松阪菊 暁紅(上)と乱れ糸(下)
中輪型松阪菊の特徴
(1)花、茎、葉ともにやや小型で中輪型品種に属する。
(2)花弁はよれて平弁であり、咲き始めは渦巻き状になるものが多い。
(3)弁先が、裂けるもの・巻き込むもの・分岐するもの・
これらが混じり合うものなど、変化に富む咲き方をする。
(4)花弁は長く縮れて垂れ下がる。
(5)花色は、白・黄・樺・桃・紅など多彩であり、咲き分け(源平咲き)・ぼかしなどの変化咲きの品種もある。また同一花でも開花初めから後期にかけて、花色が淡色化あるいは着色化などの変色をするものが多い。
(6)葉は深く切れ込むが、小さい切れ込みの品種もある。
(7)花期は、秋菊としては遅咲きで11月上旬〜中旬である。
菊は長年にわたって挿し芽繁殖により品種保存がなされてきたため、病気に弱い品種では病原性ウイルス(またはウイロイド)などが体内に蓄積し、奇形葉などの病兆を示して栄養繁殖・保存が困難になる場合があり、貴重な品種が消滅する原因のひとつともなっています。このため、成長点培養などにより無毒化(ウイルスフリー化)することや無菌培養によって重要品種の保存を図るなどの方策が求められています。(神山・記)
















