松阪ナデシコ
松阪撫子の由来
1830年(天保元年)頃、松阪に住んでいた紀州藩士・継松栄治(1803〜1866年)は、長年にわたって栽培していた河原撫子の中から、花弁が深く切れ込み縮れて長く垂れ下がるものを見付け、これの育生選抜を重ねて松阪撫子を作出したと伝えられています。また一説には、中国から伝わったセキチク(唐撫子)との交雑から育成されたとも言われています。松阪ナデシコの本当の由来は、DNA遺伝情報の解析を行うことにより、いずれ近いうちに明らかにされることでしょう。「松阪撫子」の名称については、一般的に「伊勢撫子」とも呼ばれてきましたが、この両者は植物学的には同じ園芸種に属するものです。松阪が発祥の品種系統であることから、発祥地名を冠する「松阪撫子」が、厳密な意味ではより適切な名称であると私達は推奨しています。
- 写真・神山















